中華人民共和国の変化
最近、中国の歴史のドキュメンタリーをテレビで見ていました。新聞で何回も読んだ懐かしい人物の名前が出てきました。
中国では蒋介石の率いる国民党と毛沢東率いる共産党による内戦があり、共産党が国民の支持をえて1949年に「中華人民共和国」が成立し、蒋介石の国民党は台湾に逃れました。
毛沢東を主席とする共産党は、大地主の土地を没収して農民に分けたり、企業の国有化をし、工業化を目指し社会主義国を確立しました。
1966年頃から文化大革命という大激動期に入り、劉少奇国家主席ら実権派を権力の座から引き下ろし、資本主義的人物を徹底的に攻撃し、古来からの遺跡も壊されました。劉少奇は、拘束され拷問にかけられたそうです。
毛沢東は、共産党の第一人者となり、林彪や江青が文革の指導者となりました。登小平もこの時期に失脚しました。
周恩来首相は、日本に留学したこともあり、毛沢東の支援をえて日中の架け橋に努力した人物です。
1976年9月9日、毛沢東の死去を契機として時代は大きく変わり、江青ら文革組は、逮捕され裁判にかけられ死刑が宣告されました。林彪副主席も失脚しました。
その後の政局は、華国峰と三度復活した登小平の権力闘争となり、登小平の現実主義が権力を握り、変遷を経て現在に至っています。
近年、上海を中心として中国の最先端の若者は、おしやれやファッションなど欧米の影響をうけて、インターネットに興じているようです。毛沢東が生きていて現在の中国の状況を知ったら失望するとも報道していました。
共産党が支配するまでの中国は、諸外国の侵略をうけ苦難の歴史のなかで、中国の統一と現在の繁栄を成し遂げました。その過程の出来事として、テレビ報道では、文化大革命の歴史的認識の必要性を大きく取り上げていました。
現在の中国は、外国にまけないよう開放と社会主義国としての経済発展を目指しています。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)















































最近のコメント