もっとご飯をたべましょう

 インターバル速歩の歩き方と調理実習の講習会に出席しました。

 健康には運動が一番良いと知りつつも、実践がなかなか難しいものですね。正しいインターバル速歩は、3分の速歩と3分の通常歩行を約30分間繰り返します。速歩は、息が苦しくなる位に激しく、通常歩行で呼吸を整えます。

 歩き方は、姿勢を正し、腕を大きく振り、歩幅も大きく、できるだけ速く3歩目を意識的に大きくとると、歩幅が広がります。これまで、気を入れて毎日90分近く歩いていましたが、長い人生の友とするには、準備運動、整理運動を10分づつ入れて40分で終えることにしました。

 10年位前から高血圧改善に、軽く呼吸が乱れ、気分的に血液が身体の中を急速に流れるような少し早足をしていましたが、理屈は同じことでしょう。

 調理講習会では、まず自分の食事の適量を計算しました。男性の通常の活動レベルでは、一日約2100キロカロリーが必要で、この数字の10分の1が一食のご飯の量の目安(210グラム)とのことでした。

 この210グラムは、おわんに山盛りでした。女性でもふつう盛りの量でした。講習会の参加者のほとんどが適量の半分から7割しか食べておらず画期的な指導だと感じました。この認識の違いは、人間ドッグ等へ入ると、少量のご飯が盛られ、これが通常と勘違いしてきました。

 戦前の食事は、一日にご飯大盛り7杯で味噌汁と沢庵でした。戦後、お米の消費量は減少し、昭和55年にはご飯3杯半でした。現在、ご飯2杯半となっていますが、生活習慣病や肥満が問題となっています。

 結論は、ご飯を食べるから太るのではなく、栄養的にご飯の量を昭和55年にもどし、一日3杯半を食べようと指導いただきました。厚生省や農林水産省でも同じ考えを示していますが、210グラムの山盛りを食べながらの説得には、共感しました。

 調理風景や全員の一言が長野放送テレビジョンで放送されるようです。少しでも、この事実をみんなが知ってもらえることを願って、話しました。当日の参加者は、11人で男性は一人だけでした。健康への関心度は女性のほうが高いのでしょうか。

 まだ、体重は減っていませんが、3ヶ月後から効果があるようです。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

剣の道

 剣の道は、人生の道でもありました。

 先日、全日本剣道選手権のチャンピョンと準チャンピョンの模範試合を見る機会がありました。身のこなしのすばやさ、鋭い気合い、剣先による間合いの攻め、打突の正確さなど、見ていて清々しい気持ちになりました。お二人にパーティーで握手を求めると、小さい頃からの稽古の結果でしょうか柔らかく大きな手をしており、実直な心持ちを読みとることができました。

 小さい頃から数々の剣豪に憧れてきました。「二刀ではあるが、心は一刀ひとつ」という二天一流をあみだした宮本武蔵は剣聖と称されています。武蔵は、13歳の頃より諸国を巡り、京都の吉岡一門との戦い、巌流島での佐々木小次郎との戦いなど六十余の勝負に負けたことがなかったと書いています。

 晩年は、熊本に居を構え、書画などの芸術にも没頭しました。あちこちで見かける武蔵が書いた絵画『枯木鳴げき図』は、先端にモズがとまっている枝の中程に虫がおり、今にもモズが飛びたたんとする緊張感のなかに、真剣に生きてきた武蔵の心の安らぎを感じることができます。また、幾冊かの本を著し、『独行道』のなかには、下記の言葉が記されています。

世々の道をそむく事なし

我事において後悔せず

いずれの道にも別れを悲しまず

身一つに美食を好まず

常に兵法の道を離れず

 柳生一門では、多くの剣の達人が出ていますが、柳生但馬守宗矩(むねのり)が一番だと思います。関ヶ原の戦いで武勲をたて、徳川家の指南役となり二代将軍秀忠や三代将軍家光に剣道を教えました。世の中が平和になったため新陰流は、実戦より竹刀による稽古を重視し、道場が盛んとなりました。現在の竹刀による剣道の稽古の原点でしょうか。宗矩は、剣で得た技量をもとに、世の人のために生かす処世術により大名にまでなりました。

 宗矩は、小姓に刀をもたせ庭に出て桜を観賞していました。小姓は、「わが殿は天下の名人としても、今、後ろから斬りかかったらどうなるだろう」と心の中で思ったとたん、宗矩は、この殺気を感じ、座敷にもどったそうです。

 中学校の担任が、武道専門学校出の剣道7段教士でしたので、中学校から剣道を始め、U公園の武徳殿で稽古を積みました。高校の1年は補欠で全国大会に参加し、全国のレベルの高さに圧倒されました。その経験を生かし、3年生で個人と団体とも県で優勝し、青森県で開催された第9回全国高等学校剣道大会に参加しました。その後も剣道に関わり小学生の指導等もしましたが、現在は、時折竹刀を振っている程度です。

 剣道は、長い人生のなかでの一つの出来事でしたが、若い時の良き思い出となり、また社会人になってからも稽古でつちかった自信は、人生の大きな支となり、毎年開催されているOB会に出席し、旧交を温めています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

水面でブレイク

 第一投の振り込みで、グッグッと当たりがあり、体中を電気が走り抜けた。引き上げた岩魚は、大きく飛びはね、銀色に輝いた。

 三十数年前の夏、洗面器位の小さな水たまりに、ミミズをつけた釣り針をたらすと、小さな岩魚が食いついてきた。それ以来、年に数回、渓流釣りに出かけていたが、釣れることは少なかった。今年は、解禁と同時に、上小漁協の年間釣り券を購入し、渓流釣りを本格的に始めた。

 まずは、残雪の残る大門川、和田川、武石川へ、満開の桜を見ながら神川 、所沢川へ、新緑の芦田川、鹿曲川など20数回の釣り行きで、半数はゼロ、釣れても数匹であった。ノルウェーでは、一軒に一艘の船をもち、魚を釣ることができなければ、一人前ではないとされる。この頃、考える釣りのテクニックは、身支度は質素に道具は安価を選ぶ・静かにゆっくり安全歩行・きれいなフォームで肘は脇・投げるポイント経験にあり・投げ込みは効率的に自然に流す・岩魚の好みにエサ付け替える・ツンゆるめグッグッとあわす手首の返し・当たりなければ季節楽しむとしている。

 5月26日、大門川の支流本沢渓谷に入り、第一投から強い当たりがあり、1匹を得る。同じポイントに再投入、すぐに、当たりがあったが水面間近で釣り落とす。次のポイントでもすぐに当たりがあり、つり上げる。この日は、好ポイントと思われる場所では必ず当たりがあり、20㎝級の岩魚7匹を釣りあげた。本沢渓谷はすばらしい釣り場で、朝6時から釣り始め、7時30分を過ぎるとパタッと当たりがなくなり、納竿した。最近に例がない収穫に、心弾むブレイクであった。

 釣り仲間のこれまでの3ヶ月の成果は、小生が18匹、横浜に住むU氏は16匹、釣り名人は58匹である。釣り名人の哲学は、岩魚がいると信じることのようだ。渓流釣りだけではなく、故郷の歌にあるような丸いウキでの小鮒釣りや、中国の某釣り人は、太古の湖に釣り針の付いていない竿の糸を一日中たらしていた、そんな釣りにも憧れている。

 ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みにうかぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例しなし、世の中にある人と栖(すみか)と、また、かくのごとし 『方丈記』

| | コメント (0) | トラックバック (0)