東海の城めぐり
体育館の管理人の仕事を止めましたので、何とか乗り切ることができました。
これでしばらくは、のんびりブレイクができそうです。
稲の新品種審査で岐阜市に行き、柳ケ瀬で一杯飲んできました。
昔は、大混雑であったようですが、この不況で閑散としていました。
初日で仕事は済んだので翌日、もう一晩泊まり、観光をしていくことに決めましたが、どこへ行こうか翌朝まで決まりませんでした。
岐阜市には、山の上に岐阜城があり、斎藤道三を織田信長が破ったことで知られています。
何年か前に関ヶ原古戦場跡をたずね、田圃の中でのぼり籏が揺れているのが印象的でした。
急に思いたって、関ヶ原の戦いで西軍の陣が置かれた大垣城を訪れることに決めました。
大垣市は水の街としてあちこちに噴水があり、街の中の一角に天守閣があり、早朝でしたので静かな時を楽しみました。
次に、東海道線清洲駅で降りて、清洲城を訪れました。織田信長が育ったと言われる有名なお城です。
木造できれいに作られた天守閣に座り、奔放剛胆な信長の時代を追憶しました。
天守閣からは、名古屋駅周辺の高層ビルを望むことができました。
名古屋市周辺は、あまり歩いたことがなかったので、清洲城から名古屋城まで約2時間、JRの駅2つ分、約10キロを歩きました。
戦前まで名古屋城は国宝でしたが焼失し、現在はコンクリート製ですが、その規模は大きく、徳川家康が諸大名に命じて作らせただけの感動するものでした。
金の鯱が印象的でした。
名古屋駅周辺でビジネスホテルをさがしましたが、あまりの大都市で見つかりませんでした。
自然の流れで徳川家康の育った岡崎へ向かいました。
最近は、ほとんどの駅周辺にビジネスホテルがあります。駅から電話をし、6300円、朝食無料で泊まりました。
前日もそうでしたが、領収書は入りますかと聞かれました。
翌日は、ホテルから約1時間歩き、岡崎城を訪れました。
お城の裏手は、見晴らしの良い桜並木で、桜の名所でもあり、たくさんの鯉が泳いでいました。
「人の一生は、重荷を負て遠き道をゆくごとし」、「不自由を常と思えば不足なし」は徳川家康の遺訓です。
岡崎城は龍ケ城とも呼ばれ、城に住んでいた龍が家康誕生とともに昇天し、吉凶のたびにあらわれ、出世開運を導いたと書かれていました。
岡崎城の東には、浜松城、掛川城、小田原城、そして江戸城と続いています。
今回の観光で織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の時代を改めて実感することができました。
最後は、草薙の剣が祭られている名古屋の熱田神宮を参拝し、出張を終えました。
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 新年の挨拶(2010.01.05)
- 今日が大晦日(2009.12.31)
- 寒波到来(2009.12.20)
- 日々の積み重ね(2009.12.23)
- 小諸から富士山を望む(2009.12.23)



コメント